眠れる巨人 2
同時に電話機メーカーのウェスタン・エレクトリックを手に入れました。
さらにボストン~プロビデンス間の最初の長距離電話に成功しました。
ベイルはAT&T社の基礎を固めると、一時会社を離れましたが、1907年には金融資本家J・P・モーガンを後ろ盾にして戻ってきました。
ベルの特許が切れた1894年から、電話業界はAT&Tの独占が崩れて自由競争時代となっていましたが、ベイルはこの時とばかり、モーガンの援助のもと、業界の整理統合に乗り出しました。
こうして一時は大魚ウェスタン・ユニオンを逆に呑みこんでしまったのです。
(これは反トラスト当局からの圧力で手放しました)。
その後は公益事業として連邦通信委員会(FCC)の監督下に置かれましたが、FCCは、1950年代以来競争を部分的に導入するまで、AT&Tを長い間自然独占または規制独占として保護してきました。
その間にAT&Tは、世界最大の民間電話会社としてその地位を築き上げます。
1984年1月の、前記の解体前には、総資産額1500億ドル、年間売り上げ690億ドル、純利益70億ドル、従業員は100万人でした。