眠れる巨人
AT&T社は、最初はベル・パテント会社と呼ばれました。
しかし、モースの電信の場合ほど、はじめからブームにはなりませんでした。
というのは、電話は2人の人間だけの「しゃべるチューブ」とみられ、玩旦ハ扱いにされていたからです。
しかし、電話機という道具だけでなく、これを広く継ぐシステム(電話網)としてとらえ、その商業的価値に目をつけたのは、巨大独占体AT&Tを築き上げたセオドア・N・ベイルでした。
このベイルが電信の父モースの協力者であったアルフレッド・L・ベイルの従弟であったというのも興味深いが、そのためもあって、セオドア・ベイルは、はじめは電信技師として、若くして郵政省の鉄道郵便部総監督になっていました。
人材不足のベル会社は彼に目をつけてスカウトし、1878年に彼を同社のジェネラル・マネジャーとして招きます。
最初の難関は、将来のライバルとみて乗っ取りをはかってきた巨大電信会社ウェスタン・ユニオンを追い払うことでした。
それに成功すると、ベイルは直ちに電話交換局のネットワークの拡大に取りかかりました。